メッセージ

美代賢吾
JASPEHR連絡会議議長 美代賢吾

今日の医学の進展は、これまで多くの方々が提供してくださった医療情報の上に成り立っています。新しい治療法や新しい薬の開発、病気の実態解明のための医学研究のために、医療情報は様々に分析され、新しい治療法や新薬に有効性があるか、副作用は無いかなどが検証されます。そのためには、膨大な量の医学データが必要です。そしてその膨大な医学データの収集に、実際には、極めて多くの時間と労力、そして研究資金が必要で、それが新しい治療法の開発や医学研究を進めるうえでの一つの大きな壁になっています。

今、この医学データの収集に、医療機関の中にあるデジタル化された医療情報を使おう、という流れが世界的に進められています。リアルワールドデータ(Real World Data)と呼ばれる日常診療の中で電子カルテに記録される様々な医療情報を活用し、医学研究を加速させる取り組みです。一方で、この取り組みを現実のものとして具体的に実現するには、異なる電子カルテメーカーの様々なシステムから、共通の形式でデータを取り出すという新たな課題を解決する必要があります。

私たちは、日本全国で現在使われている様々な種類の電子カルテシステムに、日常で記録される診療情報を共通の形式で記録し、そして共通の形式で出力する仕組みを、この取組に賛同いただいた複数の電子カルテメーカーや医療情報システムメーカーと協力して進めてきました。この仕組みを導入した電子カルテで診察をおこない、共通の診療記録を書く。そして、医学研究を実施する上での適正な手続きを実施して、患者さんのそのデータを使わせていただく。こうすることで、未来の患者さんを救うための、今できる医学研究を数多く進めることができると考えています。

NCGMのセンター病院を例にあげると、電子カルテの記録や検査・処方などのデジタル化された診療データの総量は1日に約7GBにのぼります。日本全国で考えると膨大な量のデジタル化された診療情報が、日々診療に使われた後そのまま蓄積され、ほぼ活用されることなく電子記憶のかなたに眠ることになります。本来患者さんの治療の目的で書かれるその記録から、医学的に価値のある重要な情報を取り出す仕組みを普及させたい。そうすることで、多くの医学研究が実施されたり、新薬開発プロセスが短縮されたり、よりよい医療技術が開発される世界を作りたい。そしてその先の多くの患者さんに今より少しでも良い状況を作りたいと考えています。

医療データを活かす。医療データが生きる。その仕組みの名前をJASPEHRと言います。JApanese Standard Platform for EHRs、通称ジャスパー。我々は、日本の医学をさらに一歩進めるための電子カルテの標準基盤の構築を進めています。

JASPEHRの概要

仕様概要

JASPEHRは、電子カルテベンダーに依存しない診療記録用テンプレートの作成と、テンプレートに入力された診療情報の共通形式での保存と抽出を実現するためのプロジェクトです。診療記録用テンプレートの作成には、FHIR Questionnaire Resourceの形式で記述し、テンプレートに入力された情報は、FHIR QuestionnaireResponse Resourceの形式で出力されます。

しかしながら、Questionnaire Resourceで定義可能なことをすべて利用できるわけではなく、JASPEHRに参画している企業の電子カルテや医療情報システムすべてが対応できるように、制約を設けています。現在、JASPEHRの制約や定義に対応し、JASPEHRテンプレートを容易に作ることのできるエディターのα版を公開しています。今後、研究者がより手軽にJASPEHRテンプレートを作成し、疾患レジストリを構築できるように、JASPEHRテンプレートディタを引き続きブラッシュアップしていきます。

JASPEHRの構成

JASPEHRの仕組みは、(1)JASPEHR規格のテンプレート(JASPEHRテンプレート)の作成、(2)JASPEHRテンプレートの電子カルテへの展開、(2’)電子カルテ機能によるテンプレートの調整(必要に応じて)、(3)入力結果の保存と出力、(4)結果の匿名化(必要に応じて)と送信、の4つのステップがあり、それを実現するために、下図のような構成をとっています。

  1. JASPEHRテンプレートは、公開されているImplementation Guideに則った形式のFHIR Questionnaireで記述します。JASPEHRに参画している各ベンダーに依頼することもできますし、自身で作成することも可能です。また、容易に作成できるようにJASPEHRテンプレートエディタの開発を進めています。エディタは現在は、α版で十分な機能と操作性を有していませんが、お試しいただくことは可能です。
  2. JASPEHRテンプレートの電子カルテへの展開方法は、電子カルテベンダーごとに異なります。展開方法については、各電子カルテベンダーにお尋ねください。またJASPEHRでは定義されていないが、電子カルテのテンプレートとして実装されている便利機能等については、JASPEHRテンプレートを展開したあとに、(2’)各社のテンプレートツール等を使って設定可能な場合があります。これについても各ベンダーにお尋ねください。
  3. JASPEHRテンプレートの入力結果は、多くの場合、電子カルテデータとして電子カルテまたは入力システムに保存されます。そこから随時または設定した時間に、SS-MIXまたはFHIR Repository、または(4)のJASPEHR Gatewayが導入されている場合には、そこに出力されます。
  4. (4)の結果の匿名化と送信は、JASPEHR Gatewayで行うことができます。JASPEHR Gatewayを使用しない場合でも、指定した出力先に出力することは可能ですので、電子カルテベンダーにご相談ください。

目指す未来

糖尿病学会とNCGMが合同で進める電子カルテ直結型全国糖尿病データベース事業(通称J-DREAMSプロジェクト)は、これまで電子カルテとは別システムで手作業で入力作成していた疾患レジストリの概念を多きく変えました。そして、多くの臨床の研究者や臨床研究を進める看護師から同様の取り組みをしたいとの希望が寄せられました。しかしながら、電子カルテそのものをプロジェクトごとに改造しなければならないという仕組み上、大規模な組織でないと実施することは難しい状況でした。

電子カルテのテンプレートを利用し、カルテ入力と同時に研究にもデータを活用するというアイデアを、興味を同じくした研究者が集う小さなグループでも実現していただきたい。カルテや看護記録に書かれていることを利用して、より容易に研究を進める環境を提供したいということが、JASPEHR Projectの根底にあります。臨床家がクリニカルクエスチョンをもとに、倫理的手続きに則って研究費が無くともすぐに研究を始められる、日本全体で臨床研究が活性化されることをJASPEHR Projectは目指します。

同時に、今回のパンデミックで明らかになった様々な課題を解決するために、迅速な創薬やワクチン開発のためのRWDの積極的な活用環境の提供も目指します。世界の中でも進んだ医療を国民すべてに等しく提供している日本から、医療の革新が生まれることを支援する基盤の構築を目指します。

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